日記

なんとなく

環境が変わるのは

4月から旦那が大阪勤務になる。

ちなみに今は岡山で単身赴任。

旦那は海外の出張も多くて、日本で仕事してる時は週末帰ってきてくれるんだけど、海外だとなかなか。

海外から週末日本に帰ってこられても、国際空港から直接四国に入る事に時間も天候も制限される。

ここ一年で急に増えたのもあって少しお疲れ気味。

 

そんな事もあって4月からはもう家族で行っちゃおうかなってなった。

目に見えるほど旦那の元気が薄れている。

それまで葛藤は何度もあったけど、なかなか離れる事は出来なかった。

息子の事だけじゃない、私の仕事も身内も、娘の生活も全て含めて考えるとキリがないからね。

 

ただ、息子の環境を変えたらどうなるだろうと言う事は全くなかった。

むしろ引越しを考えた時、息子も学校行ってないから動きやすいし、娘ももう卒業だし、あ、あとは私の仕事と身内だけのことかよ。

仕事は他にも人を探せばいいし、身内の事はそれぞれ考えて。私は私の家族を考えるから。もう何でも屋は疲れた。

そう割り切った途端に、よし、引越そ。ってなった。

貯金なんて無いけどまだ引越しって言っても数ヶ月先だから、それまで私の給料貯めとけばいいじゃない?なんとかなるじゃない。

と、ほぼ勢いだった。

だからむしろその時ばかりは不登校だから動きやすい!と思ったくらい。

 

先に子供に伝えたらあっけなく大喜び。お父さんと暮らしたい!都会に行きたい!

娘に至ってはお父さんが夕方帰ってくる生活したい!と言っていたから、どれだけ寂しかったろうなぁと思った。それを息子に言ったら、妹だけじゃないし。俺らが小さい頃は、お父さんが岡山行く日曜の夜寂しくて二人でこっそり布団で泣いてたし。

俺だって、今だってやっぱり寂しいもんだよ。いくら大所帯で暮らしても、大所帯の中にお父さんがいないじゃん。お父さんがいつも居てうっとおしいとか、それすら羨ましく思う位は寂しいよ。

 

うちは私の両親と同居して、目の前の家に私の祖母。後ろの家には兄夫婦。両親も兄も商売人なので私はどちらにでも働ける。祖母は半分ボケているので少しだけれどご飯や様子見のお手伝いをする。私は何でも屋。もちろん賃金もあるし家族に協力することは嫌じゃないけどね。

 

でも、あぁ、私は9年間ワンオペ育児を頑張ってるつもりだった。私は、私が、で頭を占めていたので子供達や旦那の寂しさはどこか置いてけぼりだったなぁと思った。

私の、私が旦那と作った家族なのに。

 

ごめんなぁ。

4人と犬とで暮らそうね。

 

旦那に言ったら喜んでくれた。

俺のせいでみんなの環境を変えてしまうと思うのが少しと、嬉しいのがほとんど。だとか。

よかったよかった。

決断が遅かったのか早かったのかは分からないけど、これ以上離れていたら、子供が子供のうちに一緒に過ごしてない事になるからね。

子供の9年と言う年月は途方も無い成長を見せる。

 

息子は新しい中学を頑張ってみるらしい。

無理はしないで、きつかったらまた今の状態になればいいんだからねと優しい事を言っているけど、少し期待も持たせてね。

 

一人で家で学力を上げる苦労は痛感しているから、やはり授業は受けたいらしい。

同じ不登校児でも私はその感覚がわからないな。すごいね。私は勉強を好きとか嫌いとか、やらないといけないとか、全く考えなかったからな。

学問においては本当に何も考えなかった。

 

着るかどうか分からないし、着ても一年しか使わない制服代を思いつつ、意外と行けたなぁって言える自信と、落ちた学力を取り戻す事に期待してしまうから頑張ってよ。

環境がガラリと変わることがどんな風になるのかはさっぱり分からないけれど、お前の心のしこりがこれ以上増えないことを祈るよ。

 

大阪の同級生になる子達が、どうか優しい子達でありますように。